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最高裁判所第三小法廷 昭和33年(オ)183号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人木村鉱の上告理由第一点、第三点、同岡林靖の上告理由第二点及び同吉田久、同木村鉱の上告理由第一点について。

所論は、上告人において本件不動産につき所有権取得登記をえた後一〇年以上にわたり右不動産の占有、支配、管理、収益、処分及び所有者としての公租公課の負担を続けてきたこと、従つて本件不動産は上告人の所有に属することを書証により十分証明したのにかかわらず、原判決はこの点について何等首肯するに足る判断を示さず、被上告人らの親族のためにする証言のみによつて軽々に本件所有権移転登記を虚偽仮装であると判断したのは、証拠判断の遺脱ないし理由そごの違法がある、という。

しかし、原審は挙示の証拠により本件不動産所有権移転登記の原因たる売買は上告人と被上告人との間の通謀虚偽表示である旨認定した上、上告人提出の原判示乙号証をもつては上告人主張の二万円貸付金と代物弁済の事実を立証する資料となし難く、その他の上告人の提出、援用の全証拠をもつてしても未だ右事実を肯認せしめるに足らない旨説示しているので、原判決には所論の証拠判断の遺脱ないし理由そごはない。論旨は、ひつきよう原判決を正解せず原判決の適法な証拠判断、事実認定を非難するものであつて、採用するをえない。

上告代理人木村鉱の上告理由第二点について。

所論は、正しい実験則をもつて原判示乙第六号証、第三九号証の一四を判断するならば他の特別の証拠のない限り右書面による相続税申告及び税務署長の決定は真実と認定すべきものであつて、この認定によれば上告人主張の二万円の債権存在の事実も認定されるべきであるのに、右書証をもつて右債務存在の認定資料とするをえないとした原判決は実験則違反、理由そごの違法があるという。

しかし、原審が「成立に争いのない乙第六号証、乙第三九号証の一四(何れも被控訴人等の相続税申告関係書類)中に控訴人に対する債務として二万円の記載があることは被控訴人等が前認定の通り右債務ある如く振舞わざるを得なかつたとすれば当然の事であつてこれを以て右債務存在の証拠資料とするを得ない」と判断したのは正当である。所論はひつきよう右と異なる独自の見解にもとづき原判決の証拠の取捨判断、事実認定を非難するものであつて、論旨は採用できない。

上告代理人木村鉱の上告理由第四点及び上告代理人吉田久、同木村鉱の上告理由第二点について。

所論は、被上告人らが上告人主張の二万円の債権の存在を自白したのにこれを無視して右債権は存在しなかつたと判断した原判決は理由そごの違法がある、というにある。

しかしながら、被上告人らは上告人のための本件不動産所有権取得登記の原因たる売買が通謀虚偽表示でないと認定された場合の仮定的主張として、被上告人谷ヒデは本人及び親権者として被上告人ら所有名義の本件不動産に対する前記銀行の差押を免れるため亡夫谷兵吉において生前二万円を借りうけていた上告人に対し信託的に右不動産の所有権を移転しておくこととし右銀行より差押を受ける虞がなくなつたときに右不動産の所有権を返還してもらうことに上告人と約定した旨主張したにとどまること記録上明らかであつて、原審は本件登記原因行為を通謀虚偽表示と認めたため被上告人らの右仮定的主張については判断していないのであるから、被上告人らの右二万円の貸金債権の主張を自白として採用しなかつた原判決には所論の違法はない。論旨は、原判決の誤解に基づく主張で採用するをえない。

上告代理人岡林靖の上告理由第一点について。

上告人主張の貸金の存在しないことを認めるに足る証拠がなく、前提が認められないから、代物弁済の抗弁は採用しない、と判断した原判決には所論判断遺脱の違法はない。論旨は、原判決の誤解に基づく独自の見解から原判決を非難するもので採用するをえない。

上告代理人吉田久、同木村鉱の上告理由第三点について。

所論の点に関し原判決の確定した事実の要旨は、谷兵吉は判示の日死亡しその子被上告人精一、同恵美子、兵吉の妻被上告人ヒデは相続により兵吉の権利義務を承継したが、兵吉が生前阿波銀行に対して負担していた約一二〇万円の債務につき急ぎ対策を講じないと同銀行より差押を受ける虞があるとして、兵吉の死後、兵吉の弟三郎、その母コマツ、その兄春吉、被上告人ヒデ、ヒデの兄上告人柔剛等の親族が数回協議の末被上告人等居住の家屋敷並びに兵吉の長女晴子夫婦居住の家屋敷及び最も生活の糧となる蜜柑山及び薪山を含む本件不動産外二筆の山林、畑を確保することとなつたが、右親族会の席上上告人柔剛が「銀行は取立がきびしい故、家屋敷道具衣類まで取られてしまうだろうから銀行の問題が片づくまで一時右不動産を誰かの名義に切換えておかねばならぬが自分がこれを引受ける」旨提案したところ、他の出席者等は数回の親族会を通じて何等具体的意見を出さず、結局上告人の申出を諒承し上告人名義に所有権移転登記をすることになつた、上告人は右席上出席者一同に対し、かかる仮装行為は犯罪であるから世間に対しては、亡兵吉が生前大阪で三益工業株式会社を経営していた当時火災に遭い復旧費として二万円を上告人より借受けていたのでその代物弁済として右不動産の所有権が上告人に移転したものと真実らしく振舞うべき旨を固く申渡し出席者一同もこれを諒承した、その結果、被上告人らから売買を原因として上告人に所有権移転があつたものの如き本件各不動産所有権移転登記が申請によつてなされるに至つた、というのである。

右事実によれば、右約一二〇万円の債務は元来亡兵吉のものであり、右登記にかかる売買の意思表示は仮装のものであるがこれは、専ら上告人の主導的提唱に基づき被上告人らの受動的諒承によつてなされたものであり、当時本件不動産につき強制執行を受けるべき差迫つた具体的危険があつた事実は原判決の認定しないところであるのみならず、右仮装譲渡は被上告人らの家屋敷並びに最も生活の糧となる蜜柑山及び薪山についてなされたものであること、その他右認定の諸事情を総合すれば、右仮装譲渡は実質上公序良俗に反するものというに足らず、すなわち、民法七〇八条本文にいう不法原因給付に当らないものと解するのを相当とする。してみれば、原判決の理由は相当でないが同条本文を適用すべきでないとしたその結論は正当であつて、これに基づき本件不動産の所有権が前後を通じ依然被上告人らにあるとし、所有権に基づく本訴請求を認容すべきものとしたのは相当である。論旨は結局理由がない。

よつて、民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 垂水克己 裁判官 河村又介 裁判官 石坂修一 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 横田正俊)

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